良寛の書に宇宙の深淵を見る

 

先に、良寛を師と仰ぎ慕った尼僧・貞心尼の直筆書をご紹介しましたが、今度は良寛です。

こちらは良寛・貞心尼手まり茶会の会場の一つとなった指月亭の床の間に飾られた良寛の書。
複製ながら、変転自在の良寛の書境を伝える傑作であることが分かります。
流れゆく小川の如く、すぼまっては広がり、広がってはまたすぼまる変転自在な文字造形の妙。
自然な墨の潤滑にも、時の流れと諸行無常の和ごころが感じられるように思います。

 

そして、私が心底惹き込まれ、いまだ感動が醒めやらないのが、良寛の里美術館に飾られていた、以下の六曲一隻の屏風の書です。
(※撮影NGのため、画像は新潟観光ナビ・良寛の里美術館紹介ページよりお借りしました。クリアーな画像をご覧いただけず、すみません。)

私はこれまで、良寛の書に対し、大きな草書作品よりも小楷(小さな楷書で書かれた作品)を神品と位置付けてきました。草書の大書からは些かの技巧や作為が感じられたのに対し、小楷のほうがより自然体で、良寛らしく感じられたからです。もっとも、もしかしたら、これまでに見た草書の大書には贋作が少なからず混じっており、それが良寛の草書による大書作品への私の評価を貶めていた可能性もあります。

が、この作品はまったく違いました。
新潟観光ナビのホームページ中で、「この六曲屏風は、島崎時代の作で、流れるような筆致の中に高雅で清純な趣をなし良寛の人柄を偲ぶことができる。」と紹介されており、まさにその通りの傑作なわけですが、私流に評せば、宇宙的な収縮と解放が、その変転万化する文字書から感じられ、この作品は宇宙そのもの。書道文化という枠を超えて、無限なる宇宙と繋がる芸術性を備えた最高傑作の一つであると。つまり、長谷川等伯の『国宝・松林図屏風』などと同様に、ピカソやバスキアといった近現代の芸術家の作品と並べて飾っても遜色無い、高次の芸術性を備えた、時代や国境を超えた神品であるということです。

これはかつて若き日に、中国の明清時代の書の大家・傅山(ふざん)の長条幅の真筆を仰ぎ見て以来の感動であり、私の中で、芸術家としての良寛の存在がひときわ大きくなった瞬間でもありました。

 

もっとも良寛さんは、自分のことを芸術家だなどとはつゆとも思っていなかったのでしょうが・・・
なぜ江戸時代の、書道やアートの展覧会やアート市場など無い時代にここまでの作品を表し得たのか、不思議に思って同道した書友に尋ねたところ、良寛さんは、書作の励みになるような展覧会など無くとも、中国や日本の名筆を日常的に深く学んでいたので、そこから得た宇宙観が、作品を高め深めていくことに繋がったのではないかと。なるほど・・・たしかに良寛は、懐素の『自叙帖』、小野道風の『秋萩帖』尊円親王の『梁園閣帖』といった中国、日本の古典から学んでいたそうですので、そこに宇宙的な深い表現へと至る秘密が潜んでいるのかもしれません。

そう思うと、近現代の書道界は展覧会中心主義で、それもまた奨励の意味ではいいわけですが、書道展での評価に気をとられ、自己の芸を深く掘り下げることが疎かになっている上に、書道人口も減少の一途。良寛のような書聖が生まれる可能性もまた低くなるのもまた当然だろうと。
一方で、良寛の書が現代アートの範疇に入れても遜色無いことを思えば、書の芸術的可能性は無限であり、AIが加速的に進化していく時代にあって、書芸術の未知の扉が開かれていく可能性がますます高まっていくことになることが予見できるでしょう。

そこで大切なのが、これまでも随所で繰り返し述べてきたことになりますが、やはり、古(いにしえ)に学びながらも、未知の世界を探り、人マネでない、自分自身の世界を開いていくことなのだろうと。
なぜならそれが、自身の解放と他者との交感、ひいては人類全体の進化発展に寄与するものとなるからです。

ということで、良寛の書を通して、芸術宇宙の深淵を垣間見ることのできた、皐月の好日でありました。

 

 

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