サイキンどう?

最近、細菌についての小論を目にし、なるほどと考えさせられたことがありました。

未だに99.9%が謎のままであると言われる細菌(微生物)は、この世界のすべての生命体の祖であり、今なお、あらゆる動植物を生み育んでいる。
実は細菌に善玉菌も悪玉菌もなく、すべてがバランスなのだということ。
他の動植物が意図的に細菌を殺すことはないが、人間だけが必要以上に消毒するなどして菌を殺している。

つまり細菌は自然界のバランスの上にあり、他の動植物と同様、無為に殺生すれば、そのバランスが崩れ、人間にも災いが返ってくることになる、ということです。

話は少し飛びますが、人間同士、国同士の関係にも、同じことが言えるように思うのです。
ご存知の方はご存知の通り、いま世界はグローバリズムナショナリズムの闘いの渦中にあって、コロナパンデミックもロシア・ウクライナ戦争も、経済危機も食料危機も、すべてがその争いの中で戦略的に引き起こされていることが明らかとなっています。
世界金融資本を中核とするグローバリズム勢力は、金儲けの障害となる「国家」という概念や実体を破壊し、世界統一政府の樹立を目指して奮闘しているわけですが、その果てにあるのは、浦沢直樹氏の漫画『20世紀少年』で描かれているような、一部の支配者による奴隷システムの新たな完成形でしかないように思われてなりません。
というのも、グローバリストたちの目指すところが万民の自由と幸福ではなく、世界の共産化であり、最も効率的な人類の奴隷支配であり、その新たな世界秩序の上に自分たちが神の如く君臨することでしかないからです。

そして、これまたみなさん、ご存知の通り、その根底にあるのが優生学であり、自分たちにとって邪魔な人々、無益な人々をガン細胞のように捉え、外科手術や抗ガン剤治療、放射線治療等により消し去っていこうとする態度です。2016年に日本で起きた相模原障害者殺傷事件も、そうした思考の果てに起こされた事件であったと言えるでしょう。
しかし、人類の存続と繁栄、成長と進化といった、長期的な視座に立って見たとき、ガン細胞は一体どちらなのか、ということ・・・つまり、実はガン細胞は、彼らがこの世界にとって不要であり、抹殺すべき存在であると見ている大多数の人々ではなく、彼ら自身なのかもしれない、ということです。

人間には利害関係もあれば好き嫌いの感情もあって、それもまた否定すべくもない自然なことわりなわけですが、細菌の一つでさえ、この宇宙が生み出したものであり、存在する意味があるのならば、人間が他の生き物、ましてや同じ人間に対し、「おまえはこの世界に居ない方がいい」とか「居るべきではない」などと言って危害を加えたり殺したりすることは、全くもって宇宙自然の理に反することであり、ひいては自分自身の首を絞め、人類全体の寿命をも縮めることになるのではないかと思われてなりません。

その昔、狩猟を専業とした日本のマタギ、あるいはアメリカン・インディアンなどの部族は、自分たちが生きる上で必要なものを自然から分けていただくという想いで、神を敬い、自然に感謝しながら暮らしていたと言います。つまりそれは、自分たち人間もまた自然の一部であり、宇宙自然によって生み出され、生かされている存在であるという宇宙観と言えるでしょう。
学問、芸術、哲学、宗教、自身の人生を通して宇宙自然の摂理を探求しつつも、神(宇宙自然)に取って代わろうとするのではなく、神の恵みに感謝し、他者を苦しめてまでも自分が得をしようといった欲をかくことなく、できるかぎり自然に即して生きていくことが、人間の幸福、ひいては人類全体の幸福と長寿につながるのではないか、そんなことを最近、細菌から学ばせてもらった気がします。

 

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