AI時代と書〜良寛と龜田鵬齋の書に想う〜

 

先日、出雲崎の良寛記念館で、江戸時代に出雲崎で生を受けた曹洞宗の托鉢僧、良寛さんと、ほぼ同期を生きた儒学者で書家の龜田鵬齋(かめだ・ぼうさい)の二人の書を見て感じ入るところがありましたので、こちらで稿をあらためて触れさせてもらいます。
分野の別なく、万象に通じる、ちょっとした文化文明論とも言えるものですので、書に興味がある方はもちろん、無い方も、ぜひご一読ください。

江戸は神田生まれの龜田鵬齋は、良寛さんより6歳年長で、共に74歳で没していますが、良寛の書を神品と賞し、「鵬齋は、越後帰りで字がくねり」と称されたほど、良寛に心酔したと言われています。
この「字がくねり」というところがポイントで、画像の通り、良寛、鵬齋とも、パッと見に字がくねっているように見えると思います。
確かに、意志的で力強い中国の古典書道の銘品に比べ、一見、くねって、か弱そうに見えますが、よく見ると、わざとくねらせているわけではなく、心と筆の赴くままに書いて、自然に歪んだ、しかも強靭な線であることが分かります。

 

良寛書 漢詩『草庵雪夜作」
天保元年(1830)個人蔵
(画像はネットからお借り)

 

龜田鵬齋書 『山水図』中の落款部分
「鵬齋酔写」は「酔って写生した」の意
(画像はネットからお借り)

 

人間の意志や智恵をもって自然を制しようとする大陸的な文化文明に対し、四季折々の変化と美に富んだ日本には、古くから自然と和して生きる精神が息づいており、それが一神教ではなく、森羅万象に神が宿るという八百万の神々への信仰にもつながっている。
良寛、鵬齋の書に見る「くねり」や「歪み」の源にも、人間の意志や意図を超えた、そうした自然への憧憬や崇拝があり、だからこそ、宇宙自然と同様に、単純ではなく、味わい尽きぬ、豊かなものを内包しているのだと思います。
ただそれも、初めから運まかせ、天まかせ、ではなく、「最善を尽くして天命を待つ」の心で、プロのスポーツ選手や武道家、音楽家などと同じく、常日頃からの修養をもって、ここ一番本ちゃんに臨むからこそ生まれ出てくる世界なのだと。
そして、目指すべきは、剣術で言えば、どこから斬りかかられても柳に風とかわせるような、剣豪を超えた剣聖の域、ということになり、それこそが『書芸』の目指す境地でもあると。

 

話は変わりますが、ハリウッド映画に、初めから天や運に任せるのではなく、人間が意志の力と智恵を振り絞って、最後まで諦めることなく、極限のピンチを乗り越えるといったシナリオが多いのは、人間がただ祈るのではなく、自らの力で現実を変え、未来を創っていくのだという、人間中心主義が根底にあるからではないかと。

それに対して一理あり、と思う一方で、宇宙自然の全てを人間が理解し、コントロールしようとするような考え、もっといえば、人間が神にとって替わろうとするような考えは、決して人類の幸福にはつながらないだろうと。
つまり、すべての事象を科学的に分析解明し、数値化し、人間が意志的、意図的にコントロールしていこうとするには無理があるし、そういった方向で突き詰めていっても、人類に明るい未来は無いだろう、ということです。

現代はAIの急速な進化の過程にあって、宇宙自然の複雑にして深淵な森羅万象を数値化、単純化していくことで、自然を理解し制したような気になり、人間がより傲慢になってきているところがあるように思います。
ロボットが人間に近づこうとしているのに対し、人間も、たとえばロボットダンスのように、逆にロボットに近づこうとしているようなところがあるのではないかと。となると、書も良寛や鵬齋の書のような、生き生きとした妙味ある書よりも、生成AIが作り出す、イメージ化された、より単純な書のほうが好まれる、といったことも出てくるでしょう。いや、現代書の多くが、先人や師匠のパターンを真似て書いている点で、すでにAI化している、とも言えるのかもしれません。

あと、良寛にしろ鵬齋にしろ、江戸時代の文人墨客は、基本、自分の言葉や詩を書いており、人の言葉や詩を書くにしても、書く必然があって書いているのに対し、現代の書作家の多くが、展覧会に出すのにいい感じの、しかも他人の言葉や詩を借りて作品を作っているものだから、心や魂のこもらない、はりぼての如きものになっているのではないかと。

もう一つ、良寛、鵬齋の書に気づかされたのが、彼らは基本、言葉や詩を書くことをもっぱらとしており、現代の書作家のように、文字の一つ一つににこだわって書いているわけではなく、一つ一つの文字は、言葉や詩を書き記すという目的を果たすための一連の流れの中で、自然発生的に生まれているのだ、ということです。
それが、彼らの肩肘の張らぬ、より自然な文字書の生成につながっているように思います。

ということで、書に絡めた、些か含みの多い文面となりましたが、AI黎明期の現代にあって、人類が書芸術にますます注視すべき事由をお伝えするともに、過去から現在、そして未来へとつながりゆく、人々の暮らしや人類の文化文明に対し、それぞれに何かしら感じ、思いを馳せていただけるところがあれば幸いに思います。

 

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